幸せの珈琲

『私が生きている間で、本当に幸せ』




こんな言葉を、とある年配のご婦人から聞きました。


長いですが

ちょっと面白いので最後までお付き合いください。笑





僕は大阪市内の平野という地域で働いているのですが、


駅をおりてすぐのコンビニデイリーに、よくお昼ごはんやコーヒーを買いに行きます。



コーヒーは濃いめのブラックが好きなので、


最近各社コンビニで流行っているレジ横のコーヒーメーカーのドリップ珈琲がお気に入り。


(あ、どうでも良いけどコーヒーてカタカナで連発して書いてると何か違和感でてきたので、急に漢字の〝珈琲〟表記に変更。笑)



僕は結構このコンビニ珈琲が大好きで、


デイリー以外にもLAWSON、ファミマ、7イレブン、サンクスの5社の珈琲を飲み比べしています。笑



100円という値段とその美味しさで、いく先々でしょっちゅう買っては飲んでいます。



マシンにもコンビニによって色々特徴があるのですが、


このデイリーの珈琲マシンは特に際立って大きく、そして更に時間がかかる。


他のコンビニに置いてあるマシンの平均抽出時間は、大体20秒〜長くて40秒弱くらい?


にも関わらずデイリーのマシンはたっぷり50秒強かかるのです。


(10秒しかかわらんが、朝のこの10秒というのは以外と長く感じる•••)



↑これですね。

でもまぁ味と香りに関しては、他のコンビニ珈琲より酸味が少なめのコクがある僕好みの味なので、時間は全く気にならない。







ある朝の話。


僕はいつものように珈琲を買いにデイリーへ。



購入したカップを持ってマシンの所に行くと、ある年配のご婦人が先に珈琲のボタンを押して抽出を待っておりました。


白髪のベリーショートで、〝気さくで元気なおばぁちゃん〟といった印象。


その手にはもう一つ、空のカップが握られている。


僕に気づいたそのご婦人は、少し申し訳なさそうに眉を八の字にしてハニカミながら



「ごめんね、お急ぎ??」



「いえ、大丈夫です。」



1杯目の抽出が終わり順番を代わってくれようとしたご婦人を制して、僕はこう言いました。




「もう一つもですよね?ゆっくりどうぞ、急ぎませんので。」




笑顔でありがとう、と言い(ホンマにめっちゃゆっくりした動きで、笑)


二つ目のカップをマシンに置き、ボタンを押した。



案の定50秒かかるこの珈琲マシン。



この間を埋めるためか、ただ単にお喋りなのか、ご婦人は僕に世間話を持ちかけてきた。



婦人「この珈琲、安いし美味しいわよね。わたしいつも買いにくるのよ」


「そうですね、僕もです。」


婦人「豆からやってるもんね、これ。出来たてやから美味しいわぁ〜」


「そうですね•••」


婦人「ホンマに便利よね〜この、出来るとこ見えるやつも面白いし、時間かかるけど、安いし。」


「ホンマですね•••」


婦人「はぁ〜いいわぁ、これ。ペチャクチャペチャクチャ•••」


「••••••(^^;)」





かぶせ気味で弾丸トークが始まったおばぁちゃんに若干圧倒された僕は、


愛想笑いしかできずにおばぁちゃんの珈琲が完成するのを待ちました。



最後の一滴まで抽出が終わり、マシン横に置いてあるフタに手をのばしながらおばぁちゃんは、



そこでおもむろに僕の予想だにしない一言をつぶやいたのです。






「こんなに便利な機械ができるなんて。私が生きている間で、本当に幸せ。」







僕「〜〜ッッッッッ!!??」






テキトーに話を流してた僕の耳にその一言が強く引っかかったのです






『私が生きている間で、本当に幸せ。』







皆さんだったら、どう解釈されますか?



僕の頭を瞬時に巡った解釈は、4つ。



①自分の人生の長さにメドをつけている人が抱く『感動の重さ』

②めまぐるしく発達する世の中の仕組みと、その最前線と老人との距離感

③時代の移り変わりの諸行無常

④幸せのハードル

(※)



思わぬ一言に、考えさせられた一日でした。




※【解説】

(ここからは興味のある人だけ読んでください。笑)


①自分のような30年そこそこしか生きていない若造が感じる日常の“感動”と、

確実にその倍以上は生きてきてるであろうご婦人が抱く“感動”との重さの差

それを、自分の残りの人生でこれから起こりうる事象と、たかだかコンビニの100円珈琲を比較対象としたその言葉の重さ。

ただ単に『こんなしょーもないことで感動するなんて』とは言えない・・・

いかに自分の日常がしいさな感動に満ち溢れているか、それを感じるか感じないかは結局自分次第なのか?それとも環境か?



②現代の情報伝達の速度やサービスの進化速度の最先端というものは、常に「若者の価を対象としたもの」だと自分が勝手に思い込んでいたことに対する恥ずかしさ自負の念


③常に進化を求められ、進化を追い続けている、現代の日本におけるサービスの質というものに携わる全ての人達の苦労と、意識の高さに対しての、その儚さと無情感。

一体自分は何を追い求めて仕事をしているのか?

もっと極端に言えば、

何のために常に進化をし続ける必要があるのか?

というものに対しての素朴な疑問に立ち戻らされる。


④幸せのハードルというのは人それぞれであって、そのハードルの設定の仕方によって各個人の生き方に対する生活の満足度というものの違いについての考え方を思い起こさせる。

(これについてはコチラを参照。)





色々と深読みして考えさせられる一日でした。

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