『人見知り』は〝与えられるのを待ってる人〟の言い訳にすぎない

大勢の人の前で喋ったり、初対面の人と会ったときに

『わたし基本、人見知りなんですよねー』という人は要注意!



なぜならその一言で一気に自分の価値を大きく下げてしまうからです。


もー完全にアウト。


そんな人と話をする時間すら勿体無い、無駄。って相手に思わせるくらい価値を落とします。




ではそもそも〝人見知り〟ってどーゆう意味なんでしょうか?


人見知り(ひとみしり、英: Shyness)とは、従来は子供が知らない人を見て、恥ずかしがったり嫌ったりすることである。大人の場合は「内気」・「照れ屋」・「はにかみ屋」・「恥ずかしがり屋」の言葉をあてるのが標準的である。
ウィキペディアより抜粋


内気とか照れ屋だったらまだ可愛らしい感じもしますが、ほとんどの人は
仲良くない人と喋るのが苦手』という意味で使ってるのではないでしょうか。



仲良くない人、気心の知れてない人。
そーゆう人達と話ができません...という人は逆に言うと

『相手から話かけて来てくれるなら、私も喋ります』

という何とも上から目線わがままな発想なんです。



誰もあなた(自分)に興味はありません。

誰もあなた(自分)とわざわざ話をしたいと思いません。

誰もあなた(自分)と仲良くなりたいなんて思ってません。






自分が芸能人とか、インフルエンサーだとか、有名な人なのであれば、みなが興味をもって『あなたと喋りたいです!』と近づいてくるかもしれません。


でも芸能人じゃない只の一般人が、

『あなたから私に喋りかけにきなさい。そしたら仲良くなってあげてもいいですよ。』

と言ってきたら、どう感じますか?


『お前にそこまでの価値はねーよ!』

ってなりますよね。



だから『私は人見知りなんです』と言う人は、恥ずかしい事なんです。


『自分は人に気持ちを伝える努力をしたくないので、あなたが私に努力してください』と言ってるみたいなもの。



そんなわがまま、ありますかね?笑






僕も昔は口癖のように『ぼく人見知りなんで...』と言ってる時期がありました。

でもそれは、他人に構って欲しくて甘えてるだけ。
自分がただ人と喋る能力がない事に言い訳してるだけ。


それに気付いてからは、自分を人見知りだと言う事をやめました。



積極的に人と話をして、距離を縮める。
仲良くなってもらうのを待ってるんじゃなくて、自分から仲良くなりにいく。


そんな人間の方が魅力的だと思ったからです。




人に何かを求めるなら、まず自分から人に与えられる人にならないといけません。


だから人見知りという言葉は、使うのをやめましょう。
言うのをやめて自分から積極的に人と関わるようになった瞬間、人生が変わります。


それを1度体験してもらいたいです。

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