年齢や経験を重ねると、自分の考えや知識が成熟してくるので、それが良い方向に行く時と、悪い方向に行く時の両方がある事を、常に心掛けておきたいと思う。
僕も先日34になったばかりの若造ですが、ある人から見れば『まだまだこれから』で、ある人から見れば『そこそこおっさん』かもしれない。
ですが僕が考える〝年寄り〟は、
『物事に興味がなくなった人』と自分の中で定義しています。
肉体的、身体的な老いよりも、精神的な老いは個人差が大きくあります。
好奇心は行動を促すトリガーになる
人は色々と経験を重ねると、モノの表面だけみて〝自分の知識内〟で良し悪しを判断しがちになります。
自分が経験した事の無いものでも、
『〇〇は良いと思うよ』
『〇〇はきっとこうだと思うよ』
と、他の似たような事例と照らし合わせて判断できるようになるので、それが当たらずとも遠からずといった答えになりやすい。
そうなると、人にアドバイスを貰わないと行動できないパターンの人は言う事を聞くし、
何でも自分でやってみないと気が済まないパターンの人は聞く耳を持たない。
となると1番重要なのは、
人を動かすには『好奇心を利用する事』が最適なのだと思う。
新しい事に好奇心のない大人にアドバイスを貰うよりも、好奇心のある大人から『やってみたら?』『面白そうだよね』と背中を押される方が、最終的に自分から行動するか?しないかの判断を下す助けになる。
やるかやらないかの判断を、
『やった事無い人からのアドバイス』に頼る事がなくなるのである。
だからこそ若い人たちは自分の好奇心のままに行動をし、成功も失敗も自分の責任のもとに経験値として蓄えていけるのだと思います。
昔話が多いのはインプットが少ない証拠
昔話が多くなるのは、インプットすなわち〝新しい経験や知識〟が不足してきているからだと思う。
今の自分の能力値で上手くいく範囲の行動しかしていないので、新しく行動してチャレンジする気力がなくなったり、好奇心がないためにそこに到達する意欲も湧きづらくなってくる。
過去の経験の話が面白いのは、未知ではなくて既知の範囲をすることなので、その話のゴールが今目の前にある事例や問題に直結することでない限り、好奇心をもった若い人たちの興味を惹くことはほとんどありません。
年齢に関係なく新しい事にチャレンジし続けている人は、昔話ではなくて未来の話を楽しんでるように思います。
年齢の差は〝先を行ってる〟のではなくて〝歩いた距離が長い〟だけである
人間は同じ時系列でみな同時に歩いているのですから、年齢を重ねて先を歩いているのではなく、実は歩いてきた距離が違うだけなんです。
1985年生まれの僕が1995年生まれのの人よりも10年先を歩いているのではなくて、単純に10年多く歩いているだけなので、見えてる未来は同じ。
2025年がいまから6年後である事は、2019年の今を生きてるどの人から見ても同じ距離なんですよね。
だから、今起こる事の予想ができるのは実は誰しも年齢関係なく、
視点の違いや知識の違いであるのでは?と僕は考えています。
人の経験は知識として取り入れる事が(ある程度は)可能であるし、それはまさに『インプット量』つまり努力の差です。
若くても未来が見えている人と、
年とっていても近い将来しか見えていない人だって沢山いますし、その逆もそう。
要は大事なのはインプット量であり、それを継続するだけの好奇心と行動力。
この辺を忘れずに自分のスタンスとして仕事していきたいし、周りにも伝え影響させられる人でありたいと思います。
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